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Life is peachy

ネットで稼いでセミリタイアを目指す人の回想記

サラリーマンの子はサラリーマン

私の父はサラリーマンです。母は私に大学へ行って大企業へ就職して、収入と雇用の安定した生活をして欲しいと願っていたと思います。私は小学校・中学校と勉強しまくりました。そして、県内ではまあまあの高校に無事入学することができました。高校では最低ランクに落ちぶれたものの希望する大学へ入学することができました。

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しかし、母の願いは叶いませんでした。
大学に入って、居酒屋のアルバイトを始めました。そして、飲食業へのめりこんでいきました。いわゆるサラリーマンを諦めるパターンですね。当時は、飲食業で起業したほうがサラリーマンよりも稼げるし、祖父は東京で中華料理屋を営んでいたので、その血を受け継いだんだオレは!などとわけのわからないことを考えていました。

大学を卒業した私は、飲食業というぬるま湯に浸ったまま、フリーターとして生計を立てていました。これではいけないと、同じ飲食業で正社員として働くことになりました。いわゆるサラリーマンです。ようやく父と同じ土俵に立つことができました。といっても待遇は雲泥の差ですが。

私は、飲食業から抜け出したいと思うようになりました。抜け出したい思いが次第に強くなり、貯金がたまるなり、何も先のことを考えずに辞めてしまいました。しかし、これがその後の功を制したのかもしれません。精神の安定と今後を冷静に見つめる余裕、疲れきった体を癒す休養となりました。

辞めた後、IT業界で働きたいと思い、どうやったら働けるか調べていると、職業訓練校の存在を知りました。IT業界で働けるかどうかはわかりませんでしたが、とりあえず近道だと思い行ってみることにしました。勉強はわからないことだらけでした。エクセルやワードもまともに使ったことないし、コピーアンドペーストも初めて知りました。

ちなみにコピーアンドペーストを教えてもらったのは、5歳くらい年上のOLっぽいお姉さんでした。もっといろんなことを教えてもらいたかったな。

職業訓練校を卒業した私は、とあるソフトウェアの派遣会社で働けることになりました。派遣という響きが、フリーター時代の派遣のアルバイトを思い出させたのですが、正社員として働けること、技術者サラリーマンという新しい境地へ進めることに期待と不安で胸がいっぱいでした。

働き始めて5年目を目の前にして、プロジェクト内で心の乱闘が始まりました。プロジェクトリーダーがどう思っていたのか定かではありませんが、どんなとばっちりも私に向かうようになりました。そして、私はある大病を患い、派遣会社を辞めることにしました。その直後、プロジェクトリーダーが変わったのですが、心の乱闘は収まり、プロジェクトリーダーが取引先との窓口になり、相変わらず忙しかったもののプロジェクト内に平安が訪れました。

派遣会社を辞めた後は、零細ネットショップ&ソフトウェア会社で働くことになりました。無事サラリーマンの道を歩み始めた私は、持ち前のアイデアと技術力で他の従業員を圧倒させました。というの単なる自己満足なのですが、1年半後にやめる際は、またいつでも帰ってこいとのことでした。誰が帰るか!

零細企業を辞めた理由は、個人で稼げるようになったからです。そして、私を後押ししてくれるパトロンが現れたからです。そして、妻と家族のために自由な時間を持ちたかったからです。と、こう書くとなんか幸せな感じがしますが、それからが苦難の始まりでした。サラリーマンでは、味わったことのない恐怖と不安の毎日でした。

しかし、その恐怖と不安も日が経つごとにやわらいでいきました。つづく...